皆様明けましておめでとうございます。年末のご挨拶がギリギリになってしまったのでほとんど間隔が空いてませんが…本年もまた一年よろしくお願いいたします。今年はとにかく更新頻度を高めていくことを目指して頑張りたいと思います。ということで、年明け一発目はソフトな話題で私の愛車遍歴を紹介してみたいと思います。
愛車遍歴 一覧
まずは私自身の記憶の整理も兼ねてこれまでの愛車を一覧にしたいと思います。
- スバル ヴィヴィオRX-R (KK3 C型 MT)
- 日産 スカイライン25GTターボ (ER34 4ドア AT)
- スバル BRZ RAレーシング (ZC6 H型 MT)
- スバル ヴィヴィオビストロ (KK3 D型 MT)
- スズキ アルトバン (HA23V MT 共同所有)
- 日産 スカイラインGT-R (BNR32 MT)
- スバル エクシーガ tS (YA5 AT STI限定車)
- トヨタ MR-S (ZZW30 MT 共同所有)
- スバル インプレッサWRX STI Aライン (GDB-G MT)
- トヨタ MR-S (ZZW30改 MT 2ZZ換装 共同所有)
- スバル レヴォーグ STIスポーツ (VMG D型 AT)
- 日産 GT-R (R35 AT)
- スバル レガシィツーリングワゴン 2.0R (BP5 E型 MT)
免許取ってからの平均でいうと8.6ヶ月に1台購入している計算になりますね。また、社会人になってからのカウントでいうと約半年に1台車を購入している計算です。さすがにアホです。今回の記事のみで全車について語るのは難しいので、各回で1台ずつ語ることにしようかと思います。
1.スバル ヴィヴィオRX-R (KK3 C型 MT)

スバル ヴィヴィオ―軽規格の改定に伴い、前型のレックスから全面刷新されたスバル渾身の軽乗用車。新設計のプラットフォームに軽自動車としては異例の4輪独立懸架サスペンション、高剛性ボディが与えられたこのベース車両に、9000回転まで許容する4気筒DOHC+スーパーチャージャーを搭載したスーパーホットハッチがRX-Rです。もちろん軽の中でトップクラスの速さを誇っていた車ですが、特に初期型はかなりインチキなマシンだったらしく、64馬力の自主規制に対して実馬力は80馬力に迫っていたとか、最高速が180km/hも出たとか、筑波サーキットコース2000で1分13秒で走ったなどにわかには信じがたい記録が残っています。さらには何を思ったのか軽なのにニュルブルクリンクでタイム計測をしていたり、普通車でも過酷なサファリラリーに参戦・完走、区間によっては格上のセリカよりも速かったなんていう逸話も残っている今ではまずアリエネー車です。当時の担当者は本当に何を考えていたのでしょうか。
で、そんな車両が私にとって初のマイカーでした。ヤフオク即決25万円、車検付き、確か10月頃の納車だったような気がします。免許取りたての若者が選ぶにはちょっと珍しい車かと思います。とはいえイニシャルDとグランツーリスモで育った私がもちろんそんなマニアックな車種を元々知っていた訳もなく、これは完全に当時お世話になっていた大学自動車部のヴィヴィオマニア先輩の影響を受けてのチョイスです。前述のウンチクは後から勉強したので決してニチャニチャしながら購入したわけではありません (確か) 。その頃の自動車部は軽自動車が主流だったので、その中で1番速くなりたいという邪な思いもありRX-Rを購入したのでした。
覚えている限りの車評としましては、とにかく元気のいい車だったのが印象的です。今改めて乗ればまた感じることは違うと思いますが、当時の私にとっては十二分に速くて刺激的な車でした。特に印象的だったのはエンジンとサスペンションですね。エンジンは音もパワーも刺激に溢れていて、スーパーチャージャーならではのリニアなトルクと激しい過給音、4気筒9000回転まで回しきる甲高いサウンドは今振り返っても他のどの車にも似ていないヴィヴィオの強烈な個性です。全開でウニャーーーーーーッと唸りながら迫ってくる音を聞けば誰しもがヴィヴィオだと認識できます。まだまだ初心者だった私は、その音と加速で全開にする度に心臓がバクバクしていたことを思い出します。サスペンションに関してもこれまた強烈で、ダンパーのフリクションや減衰力が高かったのか、やたらとギャップで飛び跳ねていてとても硬く感じられました。実際にはタイヤはしっかり接地していたのかもしれませんが、とにかく上下動が急なので車内で乗員や荷物が車から浮いてしまう感じでした。古い中古車とはいえフルノーマルでこんなことがあるのかと、当時実家のミニバンしか知らなかった私にとってはただただ衝撃でした。一方で、その割にサーキットで攻めるとロールが大きく不安定に感じられ、また初心者ながらもハンドルを切ってから車が曲がり始めるまでの遅れが大きいように感じられて正直怖さはありました。あと不満繋がりで言うとシフトの遊びが異常に大きいこと (実際ブッシュが朽ちていたので異常なのですが当時は気付かず) 、フットレストがないこと、暖房の温風が足元以外出ないこと (これはE型にて仕様変更された) などありましたが、燃費も16~18km/h程度で優秀で実用性もそれなりに高かったので良い選択だったなと思います。
今となってはまぁそんなもんだよねと思うことも初心者にとっては全てが新鮮で、初めてのマイカーに浮かれまくってたなぁと思います。自動車部の同期の中でも最速の個人車購入だったので自動車部内でも結構チヤホヤしてもらえて嬉しかったですね。そういえばお約束のサプライズ納車もしっかりキメてました。ヴィヴィオ以降も何度かサプライズ納車はやってますが、あの瞬間はやっぱり何度味わってもいいものだなぁと思いますね。また、初めての免許、初めてのマイカーで得た行動範囲の広がりは大袈裟ではなく私の人生を変えてくれたと思います。まぁ真冬の道志みちでラジエターがパンクして立ち往生した時は別の意味で人生が変わるかと思いましたけどね…。自動車部の同期と男3人で凍えながら慣れないトラブル対応をしたのは本当に辛かったです。ちなみにその頃の同期とは10年経った今でも親交が続いており、驚くことに何の因果か全員同じ会社に勤めています。今では愉快な同期たちなくして私の人生は語れない程なのですが、そんな仲間達との交友を深めたのもちょうどこの時期だったなと思い出します。色々な意味で今に至るまでの私の人生が決定づけられていった重要な時期だったなと振り返ってみて思います。

親に守られるだけの子供だった自分が、車を通じて社会を構成する1人の大人になっていく―そんな初めてをたくさん経験したヴィヴィオですが、別れはあっさりとやってきます。自動車部主催の走行会でサーキットを走っていた時のこと。思うようにタイムが上がらずに焦って結果を急ぎ、最終的に技量を超えた運転をして…横転してしまいました。幼少期から車がずっと好きでゲームや本、ビデオで学んできた自分が負けるはずがない、自分は特別なんだ…と、そういえばそんなことを思って運転していたような気もします。でも結局一番ありふれている若さと蛮勇が招いた全損という結末で最初のマイカーライフは幕を閉じました。人的被害がなかったことが不幸中の幸いでした。本当に反省です。
最終的には己の未熟さを象徴するような、背伸びした子供らしい苦い失敗で幕引きとなってしまった最初のマイカー。実際のところ納車から廃車までは半年足らずだったのであまり書くこともないと思っていたのですが、書き始めたら実に多くのことをこの車で学んでいたことに今更ながら気付きました。事故で廃車にしてしまったのは100%私の責任ですし、他にも色々ともう少し上手くやれれば良かったなと正直悔いは残る車です。でも私自身はその後悔も含めて”勉強”ということなんだと解釈しています。ヴィヴィオには申し訳ないことをしてしまったけど、その経験のおかげで今があるのも事実。ちょっと大袈裟ですが巻き戻らない時間を生きる中で、今日という日の下には幾重にも積み重なった昨日があることを改めて実感しました。


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